同僚が陰で私の悪口を言っている
1. スナック純子にて、あつしの来店
ある金曜日の夜。仕事帰りにふらりと立ち寄った小さなスナック「純子」。そこは昭和の香り漂う、どこか懐かしくて温かい空間。カウンターの奥では純子ママが優雅にグラスを磨いていた。
「いらっしゃい、あら、初めてね？」
「あ、はい……仕事帰りに、たまたま看板が目に入って……」
「ようこそ、スナック純子へ。あたしはママの純子、よろしくね」
そうして一杯目の焼酎が出された頃、あつしはぽつりと口を開いた。
「……最近、職場で、陰で悪口を言われてるみたいなんです」
純子ママはグラスを静かに置き、あつしの目を見た。
「どんなふうに言われてるの？」
「直接は言われないんですけど、後輩から『あつしさん、陰で○○って言われてますよ』って……。たぶん同僚です。表向きは普通に話してくれるけど、裏では違う顔してるんだと思うと、すごくしんどくて……」
そのとき、隣からマリコが声をかける。
「それ、めちゃくちゃつらいやつやん……あたしだったら引きずるわぁ……」
2. 純子ママの最初の提案
純子ママは小さく頷き、少し口角を上げた。
「ねぇあつしさん、ちょっと聞くけど……陰口って、“言われてる”ってわかった瞬間、何が一番しんどいの？ その内容？ 言ってる相手？ それとも“裏切られた”って気持ち？」
「……たぶん、信じてた人だったから、裏切られた感じが一番辛いです」
「うん。裏切られたって感じると、人は『なんで俺が？』って自分を責めちゃうのよね。でもさ、それって“相手の未熟さ”なのよ。誰かの悪口を陰で言うってことは、真正面から向き合えない、未熟な人がすることなの」
「でも、どうして僕がそんな目に……って思ってしまいます」
「うん、その気持ちは大事よ。だけどね、何かの本で読んだんだけど、人間って“評価”を失うのを恐れてる生き物なの。つまり、陰口を言われると“自分の立場”が崩れる気がするのよ。でも、それって本当に崩れる？ 実際、評価を決めるのは他人じゃなくて“日々の行い”なのよ」
3. あつしの疑問と向き合い
「でも、職場での噂って広まりますよね？ 僕のことを誤解する人が増えるかもしれないって不安で……」
純子ママは首をかしげながら言った。
「誤解されたときに一番大事なのは、“言い返す”ことじゃなくて“誤解を溶かす時間を過ごすこと”。つまり、誠実に自分の仕事を続けていれば、周りは勝手に気づくのよ。噂より、日々のあなたを見てるから」
マリコが笑顔であつしを見て言った。
「ママ、いつも言ってるよね。『人の言葉に心を預けちゃダメよ』って。わたし、それでだいぶ救われたなあ」
4. 自分の軸を持つことの大切さ
「誰かがあなたを否定しても、あなたの価値は変わらないのよ。自分を信じて、きちんと軸を持つこと。それができたらね、人の言葉に振り回されなくなるの」
「……でも、完全には割り切れないかもしれません」
「うん、最初は無理よ。でもね、自分の中で“本当に大切な人”の言葉だけを受け取るって決めることはできる。どうでもいい人の言葉は受け取らない。受け取らない練習をすれば、少しずつ楽になるわ」
5. 気にしすぎる自分との付き合い方
あつしは少しだけ顔を上げて言った。
「僕、昔から人の目を気にしすぎるところがあって……」
「それね、優しい人ほどそうなるの。あたしの師匠がよく言ってたわ。“人に優しい人は、自分を責める天才”って。でも、それって“自分を幸せにする力”にもなるのよ」
「え？」
「人の痛みがわかるってことは、誰かを本当に支えられるってこと。だからね、自分を否定しなくていいの。『自分の弱さ＝価値の低さ』じゃない。むしろ“人間らしさ”って武器になるのよ」
マリコがそっと言った。
「なんか……あつしさん、素敵やと思う。誰かの言葉に傷つくのって、それだけ繊細な証拠やし……」
6. 最後に、あつしの笑顔
カウンターの向こう、純子ママはグラスを手にあつしを見つめる。
「陰口を言われたってことは、少なくともあなたは“存在感がある”ってこと。何も影響力がなければ、そもそも誰も話題にしないから」
「……存在感、ですか」
「そうよ。あなたは、ちゃんと職場で“誰かの目に映ってる”。だったら、その存在感を“いい方向”に使えばいい。あたしはそう思うの」
しばらくの沈黙のあと、あつしは小さく笑った。
「……なんだか、ちょっと楽になりました」
「そう、それでいいのよ。うちはね、心に一杯入れる店なの」
「ママ、名言すぎ（笑）」
マリコが吹き出して笑う。
「また来てもいいですか？」
「もちろん。また疲れたら、ふらっと寄りなさいな」
あつしは静かに席を立ち、深々と頭を下げた。
スナック純子の扉が静かに閉まる頃、その背中には少しだけ光が差していた。